哲学の実践を無理にでも考察するブログ

哲学素人が、読んだ哲学書について、実践を考察します。

アンガーマネジメントを実践しても、痛みを感じなくなるわけではない

アンガーマネジメントの実践を諦めてしまう人は、ここを勘違いしていないだろうか?

以下、セネカ怒りについてから言葉を引用して、考えてみる。

 

私は勘違いしていた。

アンガーマネジメントを実践すれば、痛みが消え去るのだと。

しかし、怒りのコントロールを極めた人でも、やはり痛いのではないだろうか。

 

セネカも言っている。

心が最初に受ける打撃を、理性によって逃れることはできない

賢人も、やっぱり最初の一撃は痛いのだ。

 

 最初の一撃は痛いけれども、理性でコントロールして、怒らないようにしましょうよ、というのが、アンガーマネジメントではないだろうか。

怒りに対する最良の対処法は、遅延である。判断するために求め給え。怒りには、はじめに激しい突進があるが、待っているうちにやむ。

痛いけど、痛みは収まるから、ちょっと落ち着けと。

 

アンガーマネジメントを実践しても、痛みを感じなくなるわけではない。

アンガーマネジメントの実践を説くには、まずこのことを明示するべきではないだろうか。

 

結局痛いなら、アンガーマネジメントする意味がないと思うかもしれない。

だが、メリットはあると思う。

セネカ曰く、

復讐には膨大な時間がかかる。我々は皆、傷つけられている時間より長く怒っている

 そうなのだ。

怒りをマネージメントしないと、最初の一撃だけで済まないのだ。

苦しみが続くのだ。

 

それに、痛みを感じなくなる、などと胡散臭いことを言われるより、よほど信用できる。

怒りの感情が生まれるメカニズムは知らないけど、傷つくことを言われたら痛みを感じるのは、生物学的にも当然の反応ではないか?

それなのに、「うちのセミナーを受ければ」「私の本を読めば」痛みを感じなくなるなどと言われたら、胡散臭さ極まりない。

 

セネカの「怒りについて」からは、聞こえのいいことを言って洗脳するのではなく、人間を、人間の理性を信じる、熱い情熱を感じられる。

さすがは2000年間読まれている著作である。